人待ち(フィクション)

3歳離れた弟が突如として失踪してから明日で7年になる。

なんでもないみたいに仕事に出かけて、そのまま帰ってこなかった。いなくなって2日目の昼前に彼が勤務していた会社から無断欠勤の連絡があって、私達家族もいないことに気がついた。彼は連絡なしに友人宅に泊まることが多々あったので、それほど気にもしていなかったが弟の友人は「連絡も来ていない」と言っていた。

流石に何かあったのかもしれないと思い、彼の部屋を検めることにした。彼は大雑把な性格で常に部屋は汚かったのだが、綺麗な部屋と整った机を見て嫌な予感がした。机の上には封筒が1通あった。

失踪宣言書と書かれたそれの中には、よく見慣れた彼の筆跡で「1ヶ月ほど失踪する旨」と「自殺する意志はない事」「自分の意志で失踪する事」が書かれた便箋が入っていた。ご丁寧に日付、自分の名前まで書いてあった。

自筆だった事と事件性がない事があって、警察は積極的には探してくれなかった。

両親は共に怒ったり泣いたり喧嘩したりしていた。でも私は、私達家族には彼が失踪することは止められなかったのだろうと思っていた。どこへ行ったのかはわからないし、車が残っているから電車か何かを使って移動したのだろうという推測しか立たず、本人が1月で帰ってくると明記しているのだから帰ってくるのを待つことにした。

その1ヶ月の間に彼は会社をクビになった。まあしょうがないと思う。

1ヶ月経っても、半年経っても彼は帰ってこなかった。

母さんは驚くくらい痩せた、父さんも前ほど明るくなくなった。それでも私達は彼の帰りを待っていた。私達がいなければ、ここにいなければ、彼の帰る場所がなくなってしまうと思った。

 

彼は寒くないだろうか。こんな時期に出ていったから、それだけが心配なんだ、きょうだいとしては。あいつは寒がりだったから、それだけが気がかりだ。怖い夢を見たり、不安になった夜はよく私の布団に潜り込んできた。私はその時々に合わせて、話を聞いてやったり、ココアを用意したりしたものだ。高校に入学してからは回数が減り、布団に入ってくる事自体はなくなりただの相談になっていったけど。仲はきっと悪くなかったと思う。

徐々に忘れていく。我が家では彼の好きだったハンバーグと麻婆豆腐が食卓に並ばなくなった。好きだったお笑い番組ではなくドキュメンタリーやニュースを観るようになった。冷蔵庫に牛乳をストックしなくなった。洗濯物が減った。徐々に忘れていく、あいつがいた時間を。

両親は帰ってくることはないだろうと話している。身内だけで小さい式をやる予定だ。

生きているといいんだけど、帰ってこなかった時点でそれはもう望むべくもないな。