行方不明の遺体の君へ

叶わなかった、叶えるつもりのない夢に形を与える文章に耐えられるなら読んでくれ

 

愛してるとか愛してたとか言葉にするのは簡単だよなだってたかだか五音だもん、それでも伝えられない伝えるつもりのないカス感情だから墓標を建ててやりたくなるんだろ。戒名はカス。

きっしょい、フられたのなんて7年近く前なのに未だに引きずっててマジできしょい。恥ずかしくねえのかよ、お前の青春なら電車に轢かれちゃっただろ。記憶を遡るのはマグロ拾いに似てるか?クソ野郎。

生きててくれりゃいいって?恥ずかしいこと言うなよガキじゃああるまいし。生きてて当たり前だろ。おまえ、あの人の人生に本当に食い込めたと思ってんのか、どこまでめでたい頭してんだ。お前なんてあの人にとっちゃハエ以下だよハエ以下。すれ違ったって話しかけてくれるわけ無いだろ。バカ言ってんじゃないよ。バカらしく黙ってろよ。大体な、自分の人生の責任も持てないようなやつがな、他人の幸せ祈るとかバカじゃねえの。まずお前が幸せになれよ。お前が幸せになって余裕ができて初めて他人の幸せに手を伸ばしていいんだよ。お前が死にそうな顔して生きてるのになんで他人ばっか気にしてんだよ。誰かと幸せになって欲しいとか言うなよ。お前が幸せになってから土下座でも切腹でもして隣にいれるようになれよ。見たこともねえ他人にあの人の幸せ祈るくらいなら今すぐ消えろカス。てめえに愛を語る資格はねえよ、バカ。他力本願を愛とか語ってんじゃねえよ、誰がお前を幸せにしてくれんだよ、酒も金もお前の心埋めてくれねえだろ。あの人しかいねえと思ってんだったら隣に立てるよう努力しろよ、バカ。それができねえんだったらてめえとの縁もここまでだ。勝手にしろ、バカ野垂れ死ね。

スクショ見て生きてるとか言うな。死ぬわけ無いだろ、死ぬわけ無いだろうが。あんなにいのちの匂いがする人が、死ぬわけ無いだろ。生きてるに決まってんだろ。お前が死ね。地獄に堕ちろ、初恋の女信じられないようなやつが生きてる振りするな。死人と何も変わりゃしないよ。お前なんか、どこへなりとも消えちまえ。

深夜の海とか

『いま暇?海行こうぜ』と友人からメッセージが来た。

こいつには時間の概念がないのか?明日は日曜日で私も休みだとはいえ今は23時半だ。私たちが住んでいるところは車で30分離れているからもうその時点で日付は越えるし、海までは下道で1時間半はかかる。

『今何時だと思ってるの。君は今日仕事だったんでしょ、早く帰って休みなよ。』送信。

即返信が来た。

『時間が遅いのはまあ悪い、でも見てみたくないか?深夜の海。』

……見たくないと言えば嘘になる。もちろんだとも、時期は初夏と盛夏のちょうど真ん中、梅雨もそろそろ明けるんじゃないかという頃だもの。そんな時期に海に行きたくないやつは人生が充実している。

思案していたら追加でメッセージ。

『車は俺が出す、ガソリン代は心ばかりを。』

乗った、こいつのことだから着いてからファストフードのセットでも奢ってやれば喜んで運転するだろう。

『わかった、〇〇のコンビニで時間つぶしてる』送信。

『あいあいさー』

なんとも気の抜ける返事だがこの人はいっつもこんなんなのでそこには触れないことにした。

 

ちょうど30分経った頃、飲み物買ってコンビニで待機してたら連絡。

『ついたよん』外を見ると見慣れた軽が停まってる。

車に乗り込み、アイスコーヒーを渡しながら問う。

「急にどうしたの本当に。私じゃなきゃ来なかったね」

「まあまあ、話すようなことは特になかったけど海に行きたいと思ったんだよ。でも一人で行くのはつまらないし何より怖いだろ?夜の海に一人なんて」

嘘だ。と思った。この人がこんなふうに私を誘うのは何かあって一人でいるのが嫌なときだけだ。わざわざそんなこと言うほどじゃないからへえそうかいと返した。

「じゃあ、よろしく頼むよ?運転手」

へいへい、と言いながら車を発進させる。

こいつに運転させるときはだいたい私が音楽を流す。そもそもこいつは流行りの音楽にすら疎い。自分で聴くのは学生の頃に私が教えたアーティストの曲ばかり、最近のものは聴いていない。

 

案外あっさりついてしまった。深夜の海は穏やかで、磯臭い風が肺に染み入るのを感じた。

「話すようなことはないって言って、マジで何も話さないやつがいるなんて知らなかったな」

話しかけても相槌しか返してこなかった運転手にそう言った。彼はタバコをふかしながら何か考えてる風だ。私は続けた。

「タバコ、まだやめてなかったの。運転中は吸ってなかったし車も前ほど臭くないからやめたのかと思ったよ」

「習慣はそうそう消えないもんでね。今は食後と仕事中しか吸わないけどさ」

「その食後と仕事中しか吸わないタバコをどうして私の前で吸ってるの?緊張でもしてるのかな」

彼は海を眺めたままタバコを吸っている。まだ何か考えているのか、あるいはただこの雰囲気を楽しんでいるのか、わからなかった。

「うーん、言うべきじゃないってわかってるんだけどな」彼は風にかき消されそうなほど小さな声で独り言ちた。

「何を言うべきじゃないの?」

我ながら大根役者みたいな返しをしてしまったと即座に後悔した。聞き流すべきだった。

「いやぁ、ははは」

会話を流そうとする君に腹が立った瞬間には、もう胸ぐらを掴んでいた。

「ねえ、ごまかさないで。ちゃんと言わなきゃわかんないんだよ、私は」

まっすぐ目を見て言う私にたじろいだ君はそれでも私の目をまっすぐ見て言った。

「特に言いたいことはないよ。人が濁してるんだからそれを聞こうとするのは野暮ってもんじゃないか?」

彼は『今は話さない』と決めたようだった。

私も最初は聞き流すつもりだったし、脊髄反射で質問した私にも非があると思った。

「ごめん、わかった。話したい時に話してよ」

ん、と彼は一瞥もくれず反応をした。

 

帰りの車はお通夜状態だった。

行きの車も会話らしい会話はなかったけれど、音楽を流すのさえ憚られるような空気で、そんなときでも時間が遅いせいで眠気が徐々に現れてきた。午前2時半、家まではあと1時間程度かかる。

「ねえ、休憩しないの。」

「……。早く帰りたいだろ?」

「まあね。でももう3時間近く運転してるでしょ、そろそろ一回休憩したほうがいいと思うけど。」

「じゃあ、お言葉に甘えて次のコンビニで休憩させてもらうよ。」

よろしい、と相槌を打ったところで限界が来た。

「私寝ててもいい?」

彼は少し考えてから、いいよ、と言った。

 

うつらうつらしていたら車が止まった。起きる気はない。彼は車を降りて、コンビニに行ったらしかった。

飲み物の一つでも買ってあげてもよかったなと思ったが、眠気には抗えない。すぐ落ちてしまった。

 

「おい、起きろ。着いたぞ。」

「んん……。わかった……、お疲れ様。」

「そういうとこなんだよね。」

はあ、と息をついて私が怪訝な顔をすると彼は続けた。

「今日なんて俺が海に行きたいからむりやりお前を連れ出してるのに、ずっと俺のことを心配してくれてただろ。それを顔に出したりはしないけど、なんとなく空気でわかるよ。」

「まあね、付き合いももう長いしさ。」

「俺は、お前のそういう他人を気遣うところがとても善い事だと思うよ。有り体に言えばそういうところが好きだ。」

「そう、それで?」

何を言うつもりなんだ?と目で続きを促した。

「うん、なんと言えばいいんだろうな。こういう時に。」

「そこまで言って?そこまで言って続きを考えていない事ある?」

「煽るなよ、恥ずかしいだろ。」

「素直に言えばいいじゃん。それとも私の方から言わせる気?」

「あーっ、はいはいわかったよ。」

 

「あなたのことが好きだ。付き合ってください。」

「言えるじゃん。」

場所は深夜の車中だけど、時間は日曜の深夜だけど。私は今この瞬間、世界で一番幸せだと思った。

 

死人には口だけじゃな目も耳もない

友人に暇だと言ったら、遺書でも書けと言われた。

「遺書?また変なもん書かせようとするじゃないか、気が変なのは元からとはいえ、ここまでくると本当に狂人だぞ」

「まあ待て、話を聞け。こんなご時世だ、本当にいつ死ぬかわからない。葬儀の方法位家族に伝えておかないと、お前の大嫌いな会社の人間がひょっこり顔を出すかも知れんぞ」

それを聞いて『まあ確かに』と思った。俺は直葬の後、海に散骨してほしいからだ。

「それじゃ書いてみることにするよ。ありがとな、暇つぶしの案をくれて」

「いいってことよ、それはそれとして今度なんかおごれよ」

「へっ、がめつい奴め、うどん屋の天ぷらくらいならおごってやるよ」

「あざーっす、じゃあの」

「へいへい」

そんな会話をしたのが先日のことだ。

今俺はそいつの棺の前にいる。死因は知らない、聞いていない。そもそも俺はこうやって棺を前にしても、こいつが本当に死んだとは思えない。何かの悪い冗談だと思う……思いたい。だがどう見てもこいつは俺の知っている友人の顔をしているし、喪服を着て、茫然としているおばさんの顔にも見覚えがある。どうやら本当にこいつは俺の友人らしかった。

そしてこいつは、遺書の自分の葬儀の形式までは書かなかったらしい。俺まで呼ばれているのが何よりの証拠だ。……まあそもそもこいつの家族がこいつの遺書をまだ見つけてない可能性は大いにありうるが。こいつバカだったから、どうせ書いて机の引き出しとかにそのまま放りっぱなしなんだろう。なんとはなしに想像がつく。

『最後まで締まらないヤツだな』内心でそう独り言ちて、俺は棺から離れた。

 

そんな死んだ友人から、手紙が届いた。というか、葬儀の後家族から渡された。

どうやら遺書の通りに葬儀を執り行い、葬儀が終わってから俺に手紙を渡すようにも書いてあったらしかった。ごめん友人、締まらないヤツとか思って。段取りが完璧である、死後のくせに。人と遊ぶときは大抵5~10分遅刻していたくせに。

家につき、シャワーを浴びて、封を切った。

 

どうも、これがお前の手にわたっているってことは家族は私の遺志を汲んでくれたようだね。なんともありがたい話だ。まさかこれを本当に使う日が来るとは思わなかったが、備えあれば患いなしというやつだな。とはいっても、改まってお前に伝える話なんてないんだけどな。なんかこういう機会があったら、家族以外の人間に少しでも覚えておいてほしかったっていう気持ちが7割で、残りの3割が、お前に忘れてほしくないという願いからだ。

これから先、お前がどんな人生を歩んでいくのかまだ隣で『友人として』見守っていたかったが、残念だ。月並みな言葉になるが、できるだけ長生きして、たくさん家族をこさえて、それからこっちにこい。お前とまた馬鹿話できる日を待ってるよ。

 

これを読んで、俺は『あいつは本当に死んでしまったんだなぁ』という奇妙な感慨が湧いた。涙は出ない、悲しみが大きすぎるのかもしれない。少なくとも俺の目から出力できる大きさではないことは確かだった。

世間一般的の道徳的には、故人の遺志は汲むものなんだろう。だが俺は、もうすでに辛抱たまらなくなってしまった。今すぐこいつに会いに行って、一発小突いてやらなきゃいけない気がした。

順番の海

海を眺める夢を見る。

 

紅い夕陽の時間から青白い月が沈むまで、体育座りで眺めている。たまに何かが海から上がってきて、何かが海へと還っていく。何かは魚のような時もあれば、人型の時もある。人型の場合、顔は見えないし俺を認識していない。

俺一人で海を眺めているわけではない。等間隔で俺と同じように座っている人間がいる。会話などはない。左の方から順番に海へと還っていく。大体月が真上の所に来る時間帯に俺の順番が来る。

海に入ると目が覚めるので入ったあとの俺がどうなってるかは知らない。

深夜のラーメンは美味かったです。

書きかけの文章の最後の方がなんかうまく決まらないので別の文章でお茶を濁そうそうしよう。

昔って言ってもせいぜい4〜6年前くらいの期間、兄とちょっと仲が悪かった。まあ双方思春期の終盤及び序盤だったのでなんかよくわかんないけどケンカがちょっとだけ多かった。

それはそれとして、先日兄が奥さんと娘を連れて帰省してきた。俺からすれば姉のところに続き2人目の姪と、義理の姉貴なのであまり粗相がないようにしていた。姪とは初対面だったのでちょっと緊張したけど泣かれることもなくニコニコしてメガネを掴みに来た。

まあなんもなく時間が過ぎて、晩飯食べ終わってから「ラーメン食いにいかんか」と兄から誘われた。夜食的なね。快諾してラーメンを食べに行った。

その道中、奥さんの愚痴をちょっと聞いた。

それに対して、意見を求められるようなことはなかったが、何も言わないのはなーと思い適当に色々言った。

そうしたら兄は、思春期の頃とは違いこちらの意見を否定することなく話を続けた。

兄は「子供が無事に産まれてきてくれて本当に嬉しいし、成長を見るのも楽しい」とは言っていたが「別に俺は子供がほしくてほしくて結婚したわけじゃないんだ。嫁と一緒に生きていきたいと思ったから結婚したわけじゃん。それでも子供がいればやっぱり子供が中心になるし、しょうがないとわかっていてもキツイ時もある」と言っていた。

いいことだと思う。相手のいない、できる予定もない俺には願っても得られない悩みだと思った。実際のところ、今の俺の月給じゃ結婚して育児をすることには不安しかない。相手がいないから無意味な想像だけど、俺だっていつかは伴侶がほしいし、いい相手ができればいいなと思う。子供は、どうだろう。産まれてくる子の幸せについては過去の文章でも書いた。あんまり考え方は変わってないし、俺の子供に産まれてくる子はそれだけで可愛そうだと思う。どうせいつかは生まれてこなければよかったとこの世を呪う夜が来る。明けない夜が来る。来なくてもいいのに、まるで呼ばれたみたいに来る。それなら産まれないほうが幸せだと思う。

まあ、それはそれとして。悲しかったことがもう一つ。兄は大人になってしまった。昔だったら「知ったような口訊くなカス」くらいジャブ程度に打ってきたのに。「そうなんだよ、大変なんだ。わかってくれてありがとう」等と。あまつさえ感謝の言葉を述べてきた。そんな人間じゃなかったはずだ、俺の兄は。いいやつだけど突然刺してくる言葉の一つ一つがビビるぐらい鋭いやつだったはずだ。そこまで言う必要ないでしょってくらい辛辣かつ理不尽な言葉をかけてくる人間だったはずなのに。こんな、彼女もいないし薄給だし酒も煙草も吸っている最低のクズに感謝の言葉を述べるような人間に成長してしまった。

俺は悲しかった。兄が真人間になってしまって。喜ぶべきことを喜べない自分が悲しかった。結局自分のことなんだけど。生きているうちに性根まで腐り切ってしまったみたいで悲しかった。でもこんなこと誰にも言えないし、言ったところで狂人扱いされるのは俺だし。掃き溜めに文章として吐き出すくらいしかできない。マジで終わってると思う。俺は兄のことを理不尽な暴力装置かなんかだと思ってたのかもしれない。全然そんなことなかったな。ただのいいやつだったわ。

心が歪んで軋む音がする。俺は結婚しても子供ができてもこのままだと思う。そもそも俺は一生独り身だろうから関係ないけど。

お前の感想はお前だけのものなんだからお前が自分で責任持って処理しろ

夏休みの宿題に読書感想文ってあったじゃん。

あれあんまり好きじゃなかったんだよね、昔っから同担拒否の気が出ていたんだなって思うんだけど。なんで感想文から同担拒否に話が飛ぶかっていうと、作品は作者のものでも、感想って読み手、つまり私のものじゃない?感想に付随する感情も私のものじゃん。それを自分から進んで見せるのはいいんだけど、他人に言われて文章にするのってなんか違うと思わない?やってることは作者に対する私も同じだけどかといって読みたくて読みたくて仕方ない作品読んで出てきた感想を出てくるままに出し切って細部を調整するのと、誰かに言われて仕方なく書いた感想を評価されるのって全く違うじゃん?全身の血が沸騰するくらい嫌悪感を抱くものなんだよね私的には。しかも、好きな作品で書くとあんまり評価されないし。知らん奴がノリで決めた課題図書とかいう枠の中の似たり寄ったりのカスみたいな作品読んで感想書くのってクソほど憤死モノじゃん?推しへの愛もさ、自分から発信する分にはいいんだけど他人の愛とか聞くと自分の解釈と合ってなくて、なるほどと思わされることもあるけど基本的には殺意湧くじゃん。自分の中では「私の」推しへの愛が正しいんだよね確定的に。それを迷わせたり、あまつさえ間違いだとか言ってくる奴は全員悪なんだよね。まあ悪っつーのは言い過ぎ感あるけど、概ねそんな感じだしね。読書感想文を自分が満足するまで綺麗に書ききって完璧のものを出せばいいって話だと思うじゃん?もう違うんだよね、自分の好きな作品を友人以外の他人に教えたくないんだよね。これはマジで場合によっては友人には教えられるけど血縁者には教えたくないからね、血縁者は血がつながっているだけで別に同好の士ではないので。だから用意されてる課題図書で書くじゃん?でも話が大体決まってて、人は死なないことが多いし内容は親友との仲たがいがどうとかいじめがどうとかそういう内容のことが多いわけ。いやになるよね、現実にあふれてるようなことわざわざ創作の世界で触れたくないんだよ。創作の世界で触れたいのはドラマチックな恋だとか、荘厳に誇張された歴史の話だとかエキセントリックな少年らの話とかそういうのなんだよな。かと言ってそういった作品の感想は誰にも見せず秘しておきたいので、私の心の中に仕舞っておいて終わりよ。親しくない人から作品の感想求められたときに私が言うべき言葉は「見てません」とか「見たけど難しかったです」「見たいとは思ってますけどねー」とかになる。それでいいよね。

人待ち(フィクション)

3歳離れた弟が突如として失踪してから明日で7年になる。

なんでもないみたいに仕事に出かけて、そのまま帰ってこなかった。いなくなって2日目の昼前に彼が勤務していた会社から無断欠勤の連絡があって、私達家族もいないことに気がついた。彼は連絡なしに友人宅に泊まることが多々あったので、それほど気にもしていなかったが弟の友人は「連絡も来ていない」と言っていた。

流石に何かあったのかもしれないと思い、彼の部屋を検めることにした。彼は大雑把な性格で常に部屋は汚かったのだが、綺麗な部屋と整った机を見て嫌な予感がした。机の上には封筒が1通あった。

失踪宣言書と書かれたそれの中には、よく見慣れた彼の筆跡で「1ヶ月ほど失踪する旨」と「自殺する意志はない事」「自分の意志で失踪する事」が書かれた便箋が入っていた。ご丁寧に日付、自分の名前まで書いてあった。

自筆だった事と事件性がない事があって、警察は積極的には探してくれなかった。

両親は共に怒ったり泣いたり喧嘩したりしていた。でも私は、私達家族には彼が失踪することは止められなかったのだろうと思っていた。どこへ行ったのかはわからないし、車が残っているから電車か何かを使って移動したのだろうという推測しか立たず、本人が1月で帰ってくると明記しているのだから帰ってくるのを待つことにした。

その1ヶ月の間に彼は会社をクビになった。まあしょうがないと思う。

1ヶ月経っても、半年経っても彼は帰ってこなかった。

母さんは驚くくらい痩せた、父さんも前ほど明るくなくなった。それでも私達は彼の帰りを待っていた。私達がいなければ、ここにいなければ、彼の帰る場所がなくなってしまうと思った。

 

彼は寒くないだろうか。こんな時期に出ていったから、それだけが心配なんだ、きょうだいとしては。あいつは寒がりだったから、それだけが気がかりだ。怖い夢を見たり、不安になった夜はよく私の布団に潜り込んできた。私はその時々に合わせて、話を聞いてやったり、ココアを用意したりしたものだ。高校に入学してからは回数が減り、布団に入ってくる事自体はなくなりただの相談になっていったけど。仲はきっと悪くなかったと思う。

徐々に忘れていく。我が家では彼の好きだったハンバーグと麻婆豆腐が食卓に並ばなくなった。好きだったお笑い番組ではなくドキュメンタリーやニュースを観るようになった。冷蔵庫に牛乳をストックしなくなった。洗濯物が減った。徐々に忘れていく、あいつがいた時間を。

両親は帰ってくることはないだろうと話している。身内だけで小さい式をやる予定だ。

生きているといいんだけど、帰ってこなかった時点でそれはもう望むべくもないな。