ぬいぐるみ帰り

夜明けは私のためではなく、またあなたのためにやってくるのではない。問題の解決はいつだって夜明けのように見えるけど実際は新たな夜の始まりかもしれない。私の人生はどうもそういった感じで、ほぼ常に夜だし雨が降っている。眠っているときだけは雨が止むので、夢遊病患者みたいに綺麗な星空を閉じた眼で眺めながら歩いたりする。そういう夢を見るだけ。私の人生における問題ってなんだろう。薄給なことかもしれないし側彎症なことかもしれないし目が悪いことかもしれないし頭が悪いことかもしれない。どれもこれも今すぐどうにか出来るような問題ではないな、頭は悪いがそれくらいはわかる。最大の問題は私が生きていることかもしれない。それはなんだか嫌だと思うが、私なんぞ生きていようと死んでいようと影響のある人間は少ないので別に仕事に穴空けたりしないならいつ死んでもいいなとは思っている。でも痛いのも怖いのも嫌なので眠っている間に勝手に心臓とか呼吸とか脳とかが止まってればいいと思う。死ぬなら今のうちの方がいいのかもしれないけど、私は臆病な有象無象だのでポンと勇気なんて出せやしない。有象無象から脱却する手立てのなかで最も簡単なのは台を蹴っ飛ばすことなんだけどそれすらできないやりたくない。仕事の休みは明日までなので、仕事が始まればまた私の肥大化した自尊心が傷だらけになるのは目に見えてるんだけど、嫌だとも言っていられないし私が私を少し押さえつけることで仕事が回るなら喜び勇んでそうするし、そうするべきだと思う。自分を省みるのは仕事が終わって家に帰ってきて風呂に入っているときでいい。どうせ自分一人じゃ自分のことを抱き締めてやることもできないし。社会人になってから自分の機嫌をとることに苦心している。困ったこれ意外と難しいぞ。最近ぬいぐるみがあるとよく眠れるようになった。これも機嫌とりの一種なのです。両親が死んだら一人と一匹で生きていきたい。それが犬であろうと猫であろうとハムスターであろうと虚無であろうと。多分コスパ一番いいのは虚無なのだけどちょっと難しいよな。頭がおかしい人みたいになるのは嫌なので。