墓参りはしっかりと

私は墓標の前に空のペットボトル片手にどかりと座ってああだったこうだったと脚色しながら話すことしかできないしがない一般人だ。どんなに大事な記憶だって時を経てはひび割れるし蔦が絡むし日焼けする。手入れされてない墓そのものだ、やっぱり。思い出されることがなければただ風化していくだけの墓標、記憶の中のあの人は実質故人みたいなものだ、名前は知っているが顔はおぼろげだし声色は忘れた。人間は確か人のことを声から忘れていくのだったか。すでに名前しかわからない初恋のあの人とはもう一生会わなくていいし、もう一生会うことはないでしょう。さよなら私の大事な墓標、あなたはおそらく美しかった。別にあなたが生きていようと亡くなっていようと、私にはもう関係の無い話だ。だから私のことも忘れてください。形有るものも形無いものも関係ない。全てに共通していることは擦りきれていくことだ。最終的に全てなんだったかわからなくなる。多分それでいいんだ、全部憶えていると疲れてしまうから。荷物は適度に投げ捨てなければならないんだよ、大事ではないものから順に置いていかなければならない。置いていくことは恥ではない、悪でもない。私だけが、あなただけが憶えていなければならないことなんて実は多くないのだ。